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骨董品の
高価買取 |
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| 履歴 |
2025年12月:名品刀剣と拵え更新
2025年12月21日 新刀 名刀シリーズ |
| *各画像をクリックすると詳細画像になります。 |
| No. 1 |
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価格 |
60万円 |
| 分類/時代 |
刀:江戸時代
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銘文 |
菊紋:伊賀守藤原金道 (3代) |
| 長さ/反り |
69.9cm /1.3 |
鞘 |
白鞘 / 拵え付き |
| 身幅/重ね |
28mm/6.5mm |
鑑定 |
日本美術刀剣保存協会 保存鑑定書
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| 所見 |
三品系で山城国で繁栄した一派で徳川家康に味方し、朝廷から日本鍛冶惣匠と菊紋を切ること許される。全国刀匠の格式
受領など一切の手続きは伊賀守金道を通じてのみ行われる、刀匠の総取締役で後代まで続く
本刀は本家の3代の伊賀守金道で互の目刃文で樋あり、拵えは鞘と柄は現代作成品で小道具が時代物
2尺3寸強で体型は良好、欠点無い |
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| No.2 |
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価格 |
85万円 |
| 分類/時代 |
刀 江戸時代 |
銘文 |
表: 枝菊紋 大法師法橋来栄泉 和泉守藤原金道
裏: 元禄五年二月吉日 以南蛮鉄造
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| 長さ/反り |
2尺1寸半/2分5厘 |
鞘 |
白鞘/拵え付き |
| 身幅/重ね |
2.9mm/7mm |
鑑定 |
日本美術刀剣保存協会 特別保存鑑定書 |
| 所見 |
上刀剣と同じで三品系で初代金道の次男で初代和泉守金道の2代和泉守金道で、古刀期の名門来家を再興して来金道と切る、
のち入道して法橋来栄泉となる。本刀は江戸初期頃には珍しい南蛮鉄を使用している。刃文は互の目で欠点なく
貴重である。拵えは近年作成して、鍔・淵頭・目貫は時代物
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| No.3 |
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価格 |
30万円 |
| 分類/時代 |
脇差:江戸後期~明治 |
銘文 |
脇差 :胤吉 |
| 長さ/反り |
40.5cm/0.8cm |
鞘 |
白鞘/拵え付き(時代品) |
| 身幅/重ね |
3.3cm/6.5mm |
鑑定 |
日本美術刀剣保存協会 保存鑑定書 |
| 所見 |
堀井胤吉は近江滋賀の出身で1857年生まれ、24歳時に浪華月山貞吉の門下で、31歳時には荘司大慶直胤の門に入る
明治になると佩刀令により作刀出来なくなるが、明治28年に宮内省御用達に選べて、陸軍軍刀、海軍短剣を相当数作成
作柄は直胤系の備前伝で本刀は切先が延びて丁子刃文で足長く伸びる。養子胤明(甥)が伝統守り室蘭に住む、その後
堀井信秀の名工が後継ぐ、胤吉は1903年83歳で没する。本刀は欠点なく良い拵え付き
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| No.4 |
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価格 |
45万円 |
| 分類/時代 |
脇差:江戸後期 新々刀 |
銘文 |
脇差 : 口秀(道秀)作 平造り |
| 長さ/反り |
33cm/0.2cm |
鞘 |
白鞘 / 拵え (時代品) |
| 身幅/重ね |
2.8cm/7mm |
鑑定 |
日本美術刀剣保存協会 保存鑑定書 |
| 所見 |
道秀は江戸後期の刀工で調査によると肥後人吉住と仙台住二人がいるが、国不明で私としては新々刀の先駆者の
水心子正秀の門下と思える。門人は100人以上もいて道秀もその中の一人と思われる、
本刀は綺麗な丁子風の互の目刃文で匂本位で樋あり欠点なく研ぎ上げ状態です。拵えは時代の渋い感じで
そのままの状態で旧家より出て、研ぎと鑑定へ |
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| No.5 |
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価格 |
90円 |
| 分類/時代 |
脇差:江戸前期 新刀 |
銘文 |
脇差 : 和泉守藤原国貞 |
| 長さ/反り |
55.7cm/0.8cm |
鞘 |
白鞘 |
| 身幅/重ね |
2.9cm/7mm |
鑑定 |
日本美術刀剣保存協会 保存鑑定書 |
| 所見 |
国貞は日向国飫肥出身で同郷先輩の堀川国広を頼って京都に出て門人となる、その後国広が没し後、高弟の国儔に学ぶ
1620年に大阪に移り大阪の新刀創始者の一人である名工である。本刀はやや反りのない寛文新刀の体配・地鉄板目よく
つみ地沸みじんに付いて地景入る。刀文大阪新刀独特の焼き出しその上互の目沸良く付く、新刀期では上位ランクされ業物
2代の国貞は井上真改と言い、親より名工であります |
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| 分類/時代 |
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銘文 |
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| 長さ/反り |
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鞘 |
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| 身幅/重ね |
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鑑定 |
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| 分類/時代 |
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銘文 |
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| 長さ/反り |
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鞘 |
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| 身幅/重ね |
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鑑定 |
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