日本で開発され、1932年旧軍の兵器は皇紀の下2桁を取って呼称する。正式採用された装甲車。実質的には
豆戦車であり、騎兵部隊で使用された。ロ号とも呼ばれた。本車は主に関東軍と朝鮮軍に配備された。
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全長 |
3.94 m |
全幅 |
1.63 m |
全高 |
1.87m |
重量 |
3.5t |
速度 |
40km/h |
行動距離 |
200km |
主砲 |
九二式 13 mm 機関砲×1 |
副武装 |
九一式 6.5 mm 車載重機関 |
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銃X1 砲塔 |
装甲 |
6mm |
エンジン |
空冷直列6気筒ガソリン |
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45 馬力/1600 rpm |
乗員 |
3名 |
生産台数 |
167輌 |
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昭和9年)に採用した装甲運搬車。名称の「九四式」は採用年の「皇紀2594年」に由来する。「装甲車」と呼ぶものの、
実質的には豆戦車として日中戦争を中心に活躍した。九四式軽装甲車の製造は
1940年(昭和15年)までで総計843輌の生産

1934年(皇紀2594年)に開発した口径37mmの戦車砲。
九五式重戦車の副砲として開発され、後に
九五式軽戦車や九七式軽装甲車などの主砲と
して広く用いられた。
口径:37mm 砲身長:1358.5mm 重量:184.5kg
弾薬重量:1.03kg 初速:574.4m/s
最大射程:7000m 使用弾種九四式榴弾:
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全長 |
3.70m |
全幅 |
1.90m |
全高 |
1.79m |
重量 |
4.25t |
速度 |
40km/h |
行動距離 |
200km |
主砲 |
九七式7.7mm車載重機関
銃X1 銃弾2800発 又は 九四式37mm戦車砲 102発
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装甲 |
8〜12mm |
エンジン |
空冷直列4気筒ディーゼル
65 馬力/2300 rpm |
乗員 |
2名 |
生産台数 |
843輌 |
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1935年(皇紀2595年、旧軍の兵器は昭和以降皇紀の下2桁で呼称)に制式化され、第二次世界大戦の
終結まで 大日本帝国陸軍が主に使用した軽戦車である。ハ号とも呼ばれる。
初めて九五式軽戦車が本格的に投入されたノモンハン事件

九五式軽戦車が次々とM3軽戦車に命中弾を
をあたえたにも関わらず、全て跳ね返された。 |
全長 |
4.30m |
全幅 |
2.07m |
全高 |
2.28m |
重量 |
7.4t |
速度 |
40km/h |
行動距離 |
240km |
主砲 |
九四式37mm戦車砲 120発
九七式7.7mm車載重機関 銃X2 銃弾3000発
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装甲 |
8〜12mm |
エンジン |
空冷直列6気筒ディーゼル
120 馬力/2300 rpm |
乗員 |
3名 |
生産台数 |
2378輌 |
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九五式軽戦車の後継車輛である軽戦車。九五式軽戦車の後継として1938年から設計が開発されたが、
実際の試作車の完成は1939年にずれ込んだ。九八式軽戦車は九五式軽戦車より多くの面で改良されたものの
決定的な性能差にはつながらなかった。
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全長 |
4.11m |
全幅 |
2.12m |
全高 |
1.82m |
重量 |
7.2t |
速度 |
50km/h |
行動距離 |
300km |
主砲 |
100式37mm戦車砲 120発
九七式7.7mm車載重機関 銃X2 銃弾3000発
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装甲 |
8〜16mm |
エンジン |
空冷直列6気筒ディーゼル 130 馬力/2100 rpm
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乗員 |
3名 |
生産台数 |
113輌 |
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第二次世界大戦中に日本で開発、生産された軽戦車。九八式軽戦車「ケニ」の改良型として位置づけられる。
1942年に採用されたものの、当時の生産体制が資源や労力を航空機、舶に優先的に振り分けるものだったため、
生産は大幅に遅れ1944年にようやく開始され、同年中に29両が完成したといわれる。
最終的には本車も他の戦車と共に本土決戦用の車両として温存

主砲には新たに一式三十七粍戦車砲が採用
これは初速785m/秒、1000mで25mmの
鋼板を貫通するもの
口径 |
37mm |
砲身長 |
1699mm |
重量 |
235.5kg |
弾薬重量 |
1.57kg |
初速 |
785m/s |
最大射程 |
7000m |
使用弾種 |
九四式榴弾 九四式榴弾代用弾
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総生産数 |
160門 |
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全長 |
4.10m |
全幅 |
2.12m |
全高 |
1.82m |
重量 |
7.2t |
速度 |
50km/h |
行動距離 |
300km |
主砲 |
一式37mm戦車砲 80発
九七式7.7mm車載重機関 銃X2 銃弾3160発
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装甲 |
8〜16mm |
エンジン |
空冷直列6気筒ディーゼル 130 馬力/2100 rpm
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乗員 |
3名 |
生産台数 |
29輌 |
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日本陸軍初の国産制式戦車である。昭和2年)に輸入したイギリスのビッカースC型中戦車を
参考・模倣・改良して開発された。
前期生産車は水冷ガソリンエンジンを搭載していたが、ガソリン節約などなどのため、後期生産車では
空冷ディーゼルエンジンに変更された。ガソリンエンジン搭載型は甲型、ディーゼルエンジン搭載型は乙型と分類
甲型の水冷ガソリンエンジンはダイムラー社が開発した。航空機用水冷直列6気筒100馬力ガソリンエンジンを
戦車用に転用、乙型の空冷ディーゼルエンジンの搭載は三菱が1932年から開発して最初の
試作空冷ディーゼルエンジンが1933年末に完成、
武装は18.4口径の「九〇式五糎七戦車砲」を装備した。装甲は日本製鋼所が1924年(大正13年)に
開発したニセコ鋼板を採用した。
名称:八九式中戦車(甲型)

八九式中戦車(甲型) |
全長 |
5.75m |
全幅 |
2.17m |
全高 |
2.56m |
重量 |
11.8t |
速度 |
27km/h |
行動距離 |
140km |
主砲 |
九0式57mm戦車砲 100発
九一式6.5mm車載軽機関 銃X2 銃弾2750発
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装甲 |
最大17mm |
エンジン |
空冷直列6気筒ガソリン 118 馬力/1600 rpm
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乗員 |
4名 |
生産台数 |
・ |
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名称:八九式中戦車(乙型)

修復された八九式中戦車(乙型) |
全長 |
5.75m |
全幅 |
2.17m |
全高 |
2.56m |
重量 |
12.1t |
速度 |
27km/h |
行動距離 |
170km |
主砲 |
九0式57mm戦車砲 100発
九一式6.5mm車載軽機関 銃X2 銃弾2750発
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装甲 |
最大17mm |
エンジン |
空冷直列6気筒ディーゼル |
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135 馬力/2000 rpm |
乗員 |
4名 |
生産台数 |
・ |
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戦歴
本車は1931年(昭和6年)の満州事変で初陣を経験した。百武俊吉大尉率いる臨時派遣第1戦車隊に
ルノー FT-17軽戦車や ルノーNC型戦車の置き換えとして配備された。
昭和7年)に勃発した第一次上海事変では重見伊三雄大尉率いる独立戦車第2中隊に本車5輛が配備された。
太平洋戦争では、九七式中戦車への更新が進み、主力の地位を退きつつあった。序盤のフィリピン攻略戦
に参加したが、 同地にあったアメリカ軍のM3スチュアート軽戦車には歯が立たなかった。ちなみに本車は
「中戦車」と呼ばれるものの、 M3スチュアート「軽戦車」より軽く(M3は12.4t)、装甲防御力は雲泥の差がある.
本車は「軍神」として有名になった西住小次郎中尉の乗車でもある。彼は戦車第5大隊配下の戦車小隊長として
昭和12年)の第二次上海事変から徐州会戦中の1938年(昭和13年)5月17日に流れ弾に当たって戦死するまで
するまでの間、30回以上の戦闘に参加した。彼の死後、多数の被弾痕の残る戦車が日本本土で展示された。

第二次世界大戦時の日本軍の戦車。八九式中戦車の後継中戦車として1930年代後半に開発・採用された。
開発は三菱重工業。 (昭和14年)のノモンハン事件で初陣を飾った。
昭和11年)、帝国陸軍において歩兵の直接支援のための戦車(歩兵戦車として開発が開始された。
空冷ディーゼルエンジンを搭載していることが大きな特徴である。
主砲として九七式五糎七戦車砲(口径57mm)を搭載した。
昭和16年)春には九七式中戦車の砲塔を四一式山砲を元に開発された。
九九式七糎半戦車砲搭載の大型砲塔に換装した
概ね1943年(昭和18年)以降の帝国陸軍主力中戦車となった。
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全長 |
5.55m |
全幅 |
2.23m |
全高 |
2.56m |
重量 |
15t |
速度 |
38km/h |
行動距離 |
210km |
主砲 |
九七式五糎七戦車砲 もしくは 一式四十七粍戦車砲 となる
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副武装 |
九七式車載重機関銃 |
装甲 |
8mm〜25mm |
エンジン |
空冷V型12気筒ディーゼル 170 馬力/2000 rpm
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乗員 |
4名 |
生産台数 |
・ |
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九七式五糎七戦車砲 |
一式四十七粍戦車砲 |
口径 |
55mm |
砲身長 |
250cm |
重量 |
150kg |
初速 |
349.3m/s |
最大射程 |
4,700m |
有効射程 |
・ |
発射速度 |
・ |
装弾数 |
・ |
装填方式 |
・ |
弾薬 |
九二式徹甲弾 |
総生産数 |
・ |
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口径 |
47mm |
砲身長 |
2248.5mm |
重量 |
411kg |
初速 |
810m/秒 |
最大射程 |
・ |
有効射程 |
・ |
発射速度 |
・ |
装弾数 |
・ |
装填方式 |
・ |
弾薬 |
九二式徹甲弾 |
総生産数 |
330門 |
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一式四十七粍戦車砲
大日本帝国陸軍が1937年(皇紀2597年)に開発した口径57mmの戦車砲。
九七式中戦車の主砲として使用された。昭和17年10月末の火砲製造
完成数によれば、この時点での本砲の製造数は1,219門であった。
一式四十七粍戦車砲
昭和17年)に制式化された口径47mmの戦車砲。九七式中戦車、
一式中戦車等の主砲として使用された

各種試験の末開発が完了したのは1943年(昭和18年)6月であり、本格生産は太平洋戦争の戦局が絶望的になり
始めた頃で量産と部隊配備が実現したのは1944年(昭和19年)になってからであった
砲弾搭載量が約20発増加 重機関銃弾薬搭載量 4,220発
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全長 |
5.7m |
全幅 |
2.3m |
全高 |
2.4m |
重量 |
17.2t |
速度 |
44km/h |
行動距離 |
210km |
主砲 |
一式四十七粍戦車砲 |
副武装 |
九七式車載重機関銃X2 |
装甲 |
20mm〜50mm |
エンジン |
空冷V型12気筒ディーゼル 240 馬力/2000 rpm
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乗員 |
5名 |
生産台数 |
170〜500輌 |
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アメリカ軍はより強力なM4中戦車を大量に配備した。そのため、これに対抗する新鋭戦車が必要となっていたが、
一式中戦車の武装を更に強化した三式中戦車が開発されることになった。
試作車は1944年9月に三菱重工で完成し、10月に量産に移された。本車が搭載している
三式七糎半戦車砲II型(初速668〜680m/秒、口径75mm、38口径)は九〇式野砲をベースとしている。
車体前方機銃として口径7.7mmの九七式車載重機関銃を1挺備える。(携行弾薬3,680発)。
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全長 |
5.731m |
全幅 |
2.334m |
全高 |
2.61m |
重量 |
18.8t |
速度 |
38.8km/h |
行動距離 |
300km |
主砲 |
三式七糎半戦車砲II型 |
副武装 |
九七式車載重機関銃X1 |
装甲 |
12mm〜50mm |
エンジン |
空冷V型12気筒ディーゼル 240 馬力/2000 rpm
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乗員 |
5名 |
生産台数 |
166輌 |
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昭和17年)9月、完全な新規車輌として、陸軍兵器行政本部開発方針により47mm戦車砲を搭載する
新中戦車(甲)を開発することが決定された。1944年4月、チトに75mm級の戦車砲を搭載するように
計画が変更された。 昭和20年度内に三菱重工において200両の量産・配備が予定されていたが、
生産は1945年2月までにずれ込み、 エンジン、搭載砲の生産も計画通りに進まず、終戦までに
完成した生産車はわずか2輌であった。 九七式車載重機関銃X2(弾薬搭載量 5,400発)、
エンジン:三菱AL 四式 4ストロークV型12気筒空冷ディーゼル
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全長 |
6.341m |
全幅 |
2.86m |
全高 |
2.67m |
重量 |
30t |
速度 |
45km/h |
行動距離 |
250km |
主砲 |
五式75mm戦車砲4
弾薬搭載量 65発
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副武装 |
九七式車載重機関銃X2 |
装甲 |
25mm〜75mm |
エンジン |
空冷V型12気筒ディーゼル
412 馬力/1800 rpm |
乗員 |
5名 |
生産台数 |
2輌 |
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太平洋戦争期における大日本帝国陸軍初の自走砲である。当初は一式七糎半自走砲として制式化されたが、
そのあと一式砲戦車としても制式化されている。1941年に制式化されたものの、生産能力不足から
1943年11月に生産が 開始された。
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全長 |
5.9m |
全幅 |
2.23m |
全高 |
2.23m |
重量 |
14.7t |
速度 |
38km/h |
行動距離 |
210km |
主砲 |
九〇式75mm野砲 |
副武装 |
無し |
装甲 |
8mm〜50mm |
エンジン |
空冷V型12気筒ディーゼル
170 馬力/2000 rpm |
乗員 |
5名 |
生産台数 |
138輌 |
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大日本帝国陸軍の装甲戦闘車両である。
各戦車連隊の火力支援を目的に開発された。
昭和19年)に生産開始され、量産車は
三菱重工東京機器製作所にて30輌が生産された。
べての車輌が本土防衛用に温存され、
実戦には参加していない。
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四式自走砲は旧式の三八式十五糎榴弾砲に
機動性を持たせて有効活用しようという意図
から開発された。
因みに四式自走砲は各部隊合計で
10門程度が配備された。
三菱重工業で生産が行われ、終戦までに
12門(25門説も)という比較的少数の生産で終了 |
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大日本帝国陸軍が使用した装甲輸送車両。
九七式軽装甲車を原型とし、
弾薬輸送や火砲牽引用として開発された。
実戦では太平洋戦争中のビルマ戦線などに
投入されている。 |
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